難病ALS療養の今 自動たん吸引器を開発 気管切開後も発声可能に 「死の法制化」に不安も

[更新] 2007年11月11日

 運動神経が侵され、全身の運動機能が次第に失われていく難病の「筋委縮性側索硬化症(ALS)」。病状が進むと自発呼吸もできず、24時間態勢の介護が必要になる。九州・山口の患者数は約1000人。療養を医療機器の開発や改良が支える一方、患者や家族には自発呼吸の有無などを条件にした延命治療中止の論議に対する不安も高まっている。(東憲昭)

 ●負担を軽く

 「往診先に目覚まし時計が6個もありました。患者のたん吸引は夜中でも1、2時間おきに必要。せめて夜だけでも介護から解放してあげなければ、家族は疲弊しきってしまう」

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 大分協和病院(大分市)の山本真院長(53)=呼吸器内科=は、実用化に今夏成功した家庭用「自動たん吸引装置」の開発経緯をこう語る。

 気管を切開し、人工呼吸器を付けたALS患者は、のどに詰まったたんを自力で出せない。そのため、家族などの介護者が吸引器を使い、手作業で定期的にたんを除去する必要がある。

 山本院長らが約8年をかけて開発した装置は、たん吸引口を人工呼吸器の管と一体化させ、複数の電動シリンダーで持続的に吸い出す。息苦しかったり、気管壁を傷つけたりしないように、吸引口の形も改良した。

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 共同で開発した医療介護機器販売「徳永装器研究所」(大分県宇佐市)の徳永修一社長(57)は「完全自動化は世界初のはず。筋ジストロフィーや脊髄(せきずい)損傷など、人工呼吸器を使う他の疾病にも使える」として、医療機器への承認を申請中。

 市販化はまだ先だが、既に複数の研究機関から「臨床試験で使いたい」との申し出を受けているという。




 ●意思を伝達

 病状が悪化しても知覚神経や自律神経は正常なALS患者は、五感や頭脳の働きはずっと明瞭(めいりょう)なまま。そのため声が出せなくなった後に家族らとコミュニケーションを図る「意思伝達装置」も重要だが、この分野の技術革新も著しい。

 手や足、頭、口、目…。ALS患者はわずかでも動く部分を使ってスイッチを操作し、意思を伝えているが、まばたきや眼球までもが動かせなくなると「まったく意思の疎通が不可能」とされてきた。

 だが、昨年1月、この段階の患者でも意思を読み取れる機器が発売された。暗算や頭の中で歌を歌うなど、意図的に脳を働かせると前頭葉の血液量が増えることに着目し、この変化を額に付けた近赤外光センサーでとらえる装置「心語り」だ。

 「イエスかノーか確認する程度で完全な正答率もまだ保証できないが、患者と家族の生きる希望が少しでもつながれば」と、開発販売元のエクセル・オブ・メカトロニクス(東京)技術部の尾形勇氏(41)は語る。

 もう1つ、機器の改良で過去のものとなるべきALS療養をめぐる「常識の誤り」がある。

 「気管切開をして人工呼吸器を付けると声を失う」と、多くの患者や家族は考え、それが呼吸器装着をためらう大きな理由にもなっている。

 しかし、山本院長たちは、人工呼吸器からの吸気の一部を口腔(こうくう)内に入れる給気法で、呼吸器を使っても患者が話せることを数年前から実証。「通常とは逆に息を吸う時に声を出しますが、舌やのどがまひしない限り誰でも話せる」と断言する。

 ●延命の望み

 一方、ALS患者や家族が不安を募らせるのが延命治療論議の行方。

 厚生労働省は5月、その中止手順を定めた指針を策定。日本尊厳死協会は、疾病ごとに中止条件を具体的に定め、ALSについては「自発呼吸がない場合は人工呼吸器を外せる」とした。

 もちろん、こうした尊厳死は「患者の意思」が大前提で、患者には延命治療を希望する自由がある。

 しかし、大分市で16年間にわたりALSの夫昌義さん(70)を介護する本田良子さん(68)は「法制化は介護する家族に気兼ねしがちなALS患者にとっては『死になさい』と圧力をかけるのも同じ」と、危惧(きぐ)しているという。

 良子さんが文字盤を順に指さし、昌義さんが「し」の所で合図のまばたきをした。「CDを聞きたいのね」。良子さんの問いかけに、昌義さんはにっこりと笑った。

 「主人は体が動かず、言葉が話せないけれど、それは障害。死期が迫ったがんなどと同一には論じられないはずだ」と良子さんは訴える。

 ●ワードBOX=筋委縮性側索硬化症(ALS)

 厚生労働省指定の特定疾患(難病)。原因は不明で、治療法も確立されていない。進行が早ければ数年で寝たきりとなり、発声や自発呼吸もできなくなるが、感覚や知能は最後まではっきりしている。10万人に3−5人の割合で発症し、その多くは40−60代。同省によると、2006年度末の国内登録患者数は7695人。05年度調査では、患者のうち在宅療養者は約63%、人工呼吸器使用者は約34%だった。

【写真説明1】山本 真院長
【写真説明2】実用化された家庭用の自動たん吸引器


=2007/11/11付 西日本新聞朝刊=