ALS患者の人工呼吸器について
             大分協和病院 呼吸器内科 山本真

 これまでのJALSA大分県支部の総会などで、人工呼吸器の使用法についての御質問がいろいろありましたので、ここでそれらの御回答をかねて人工呼吸器の説明を行いたいと思います。
 まず、人工呼吸器は大変なものという考えは、変えていただく必要があります。たとえば食事が充分のみこめなくなれば鼻から管をいれて栄養を入れます。それと同じように呼吸が苦しくなれば、機械の力で空気を肺に送り込むだけのことだからです。それは、楽になるための医療行為であり、決して苦しませることではないのです。もちろん呼吸器をつけても、お風呂にも入れますし、後に述べますが在宅人工呼吸といって、家庭内での生活も可能です。それでは、項目にわけて説明にはいりたいと思います。 

1.人工呼吸になる前に

 多くのALSの患者さんは、呼吸器が必要となる前に、食事を自力で飲み込むことが難しくなります。必要な量が取れなくなり、ひどく痩せたり、あるいは無理に飲み込もうとして食物が気管のほうに入って肺炎を起こしたりしてしまいます。そのようなつらい状況に陥ると、患者さん自身がとても苦しく、これ以上苦しむぐらいなら死んだ方がいいと絶望されることもあるかと思います。私達は、そうなる前に手を打つべきだと考えています。それは「胃ろう」です。普通の管を使った栄養法は、経鼻経管栄養法といって、鼻から胃に管を通します。しかし、これは意識があるととてもつらいものです。これでは楽になるという治療の原則に反します。胃ろうは、腹壁に穴をあけて、直接胃のなかに管をいれる方法です。手術も局所麻酔で可能です。また、経鼻で管が入っていると、水を飲んだり、食べたりするのが難しくなりますが、胃ろうではその心配がありません。つまり、必要な栄養は胃ろうから入れ、楽しみの為の食事は可能ならいくらでもしてもよいということになるのです。そのことによって栄養が充分とれないことにより、体の抵抗力がおちることを防ぎます。それは、人工呼吸器への移行を遅らせることにもつながると考えています。

2.人工呼吸器移行のタイミング

 呼吸筋の力が落ちてくると、呼吸が苦しくなってきます。充分な換気ができなくなり体のなかの酸素が減って炭酸ガスが増えてくるようになります。酸素の不足は、鼻からの酸素投与である程度はおぎなえますが、炭酸ガスのたまりをとることはできません。炭酸ガスが非常にたまってしまうと意識がもうろうとしてきます。その結果少ない呼吸がさらに減ってしまい、生命が危険な状況に陥ってしまいます。もし、そのような状況を放置すると心臓まで停止してしまい、たとえその状態で蘇生措置を行っても、脳に深刻なダメージを残してしまいかねません。そうなる前に手を打つことが必要なのです。
 では、そのタイミングはいつなのか。私は、そのタイミングを待つことが大事なのではなく、早目に移行すべきであると考えております。少しでも呼吸がつらく感じるようになったときが移行の時期であると考えてよいのです。もちろんだいたいの目安はあります。一つは、血液の酸素濃度をみていくことです。今は、動脈血採血をおこなわず、指にセンサーをつけて酸素濃度を知ることができます。経皮的酸素飽和度測定といいます。ふつう正常では97%以上の酸素飽和度を示します。これが95以下に落ちてきた時がタイミングといえます。起きているとき95あっても、夜間などは極端に落ちていることがあるからです。すなわち、呼吸に努力が必要になり、それでも95以下になるようなら、私は人工呼吸器の装着を勧めます。先に述べた、炭酸ガスが増えるまで放置するのは危険なだけでなく、炭酸ガスは急に増大する時期があり、それを前もって知ることはとても難しいからです。

3.人工呼吸の方法は 

 私達の病院で行っている方法は、ハイボリュームベンチレーションといって、通常より一回の換気量を増やして行っています。だいたいの目安は体重10sあたり15ccにして換気量を求めます。すなわち60sの方には900ccということになります。理由が二つあります。一つは充分肺を膨らませることによって、無気肺の発生を抑え、また痰の貯まりを防いで肺炎を起こさないようにするためです。もう一つは、充分な換気を送り込むことで、患者さんの呼吸困難感が出ないようにするためです。あくまで、ALSの患者さんの呼吸器移行は、楽になるため行うものです。それが、呼吸器をつけることによって肺炎をしょっちゅう引き起こしたり、あるいは呼吸困難を感じて苦しむようになればそれは本末転倒だからです。過換気症侯群という病気があります。呼吸をしすぎることによって炭酸ガスが減りすぎ、血液がアルカリ性になり、手足がしびれたり、意識がもうろうとする状態です。上記の設定ではこれが生ずるのではないかと心配される方もあるかもしれません。しかし、これは急性に起る病態です。人間の体は、実によく配慮されており、かならず腎臓が働いて血液のアルカリ性は補正されていきます。この体の働きを利用して、PHが正常の範囲におさまりうる点をもとめて換気数を求めればよいわけです。上記の換気量の設定ではだいたい1分あたり13回程度の換気数で、この状態が実現できます。もうひとつ、この換気量で人工呼吸を行いますと、気道内圧が高くなりすぎることがあります。30p以上の気道内圧にならないよう、吸気時間を長めに設定することが必要です。要は、少しゆっくりめに入れればよいのです。詳しくは、JALSA機関紙に掲載された私の論文も参考になさって下さい。

4.どういう呼吸器を選択するか

 人工呼吸器はそれこそピンからキリまであります。1000万クラスの高級機から、100万円台のものまであります。呼吸困難を生じて、大病院に担ぎ込まれて装着される呼吸器は、普通大変高機能の立派な呼吸器です。しかし、実はALSの患者さんにはそのような高級機は必要ありません。それは、ALSの患者さんの肺は、呼吸する力がおちているだけで、正常だからです。そして、高級機は、配管が必要で、高圧の空気が供給されて動くものが普通です。そのような機械は、患者さんと一緒に外に出たり、あるいは家に持ち帰ることができません。これらの理由により、ALSの患者さんに必要な機械の条件は、配管を必要とせず、出来るだけ小さく、重量も軽いもので、電源もコンセントだけでなく、電池でも動くものということになります。これらの条件にかなう幾つかの機種がでています。LP6、PLV100、コンパニオンといった機種です。、これらは先の条件を満足するだけでなく、細かい設定も充分に可能な機種です。私達はLP6を使用していますが、これはレンタルシステムが充実していること、操作が簡単なことという理由によります。しかし、PLV100はとても運転音が低いなど、他の機種もそれぞれに利点があります。このどれかであれば充分長期の在宅管理も可能です。ここで一つコツがあります。人工呼吸器移行になったら、出来るだけ早く、これらの小型機に変更することです。高級機に体がなれてしまうと、この移行がなかなか難しくなることがあるためです。先にのべたハイボリュームベンチレーションを行うと、この移行がより容易になります。  なお、在宅人工呼吸管理ということになると、呼吸器を家に持ち帰ることになります。それでは、上のような呼吸器を買わなくてはならないのでしょうか。いいえ、現在はそのようなことはありません。JALSAの活動により、在宅人工呼吸療法が保険医療として認められました。在宅酸素療法の患者さんが、酸素発生装置を買わなくていいように、人工呼吸器も保険でカバーされねばならないのです。

5.人工呼吸を維持するにあたって

 先に述べた人工換気をしていれば、それですむというわけではありません。あくまで、ハイボリュームベンチレーションは、なるべく肺炎を起こさないための方法ではありますが、それで万全ではありません。体位交換を積極的におこなって、痰を肺の奥に貯めないこと、痰が汚くなってきたら早目に手をうつなどの必要があります。在宅管理を目指される方は、聴診器の聞き方も覚えておきましょう。これは決して難しいことではありません。普段のよい状態のときの呼吸音を知ってさえいれば、状態が気になったとき、その差を知ることが可能になります。もちろん痰の吸引などは安全に、清潔にできるようになりましょう。空気の送り込まれるホースと気管カニューレとの接合部は、力をこめてしっかりつなぎましょう。これが自然に外れると大変ですから。万が一の機械の故障にそなえて、手押しバッグによる人工呼吸を覚えておきましょう。いろいろ大変なようですが、決して難しいことではありません。そして、これらが出来れば、在宅にしても充分安全に、滅多に肺炎も起こさず暮すことが可能になるのです。

6.最後に

 人工呼吸器は「なにか大変なもの」と、患者さんも、御家族も思いがちです。これをつけてもかえって苦しむだけだと思われる方もいるかもしれません。 そんなことはないのです。 足がなくなれば、義足をつけます。視力が落ちれば眼鏡をつけます。呼吸がおちたから呼吸器をつけるだけのことです。今ではさまざまなコミュニケーション手段があり、口がきけなくても、手が使えなくてもうてるワープロがあります。呼吸器をつけられても様々な活動を行っておられる先輩の患者さん達が大勢います。私達医療従事者も、できるだけ力になりたいと思っています。がんばってください。
                      (「大分県支部だより No3」平成9年4月30日発行より転記)

                           前項へ